母児の健康 食生活 (栄養)

妊娠中の母親の食事からの鉄摂取と子供の神経発達との関連

細川忠宏

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母体のヘム鉄摂取、特に妊娠後期における摂取は、子供の神経発達の最適化に寄与する可能性があることが中国で実施された研究で示されました。

鉄は必須微量栄養素として、髄鞘形成、神経伝達物質産生、エネルギー代謝といった基本的な神経プロセスに不可欠です。また、ドーパミンやアドレナリン、ノルアドレナリン、セロトニンといった神経伝達物質の生成にも不可欠で、胎児の神経系の発達においても重要な役割を果たします。

これまで動物実験では、妊娠中の母体の鉄欠乏食が、子供の脳に永続的な構造的・機能的変化を誘発することが示されています。食事中の鉄には、生体利用率の高いヘム鉄(動物由来食品に存在)と、生体利用率の低い非ヘム鉄(主に植物由来)の2つの形態があります。既存の疫学研究では、母体の鉄摂取量と生まれた子供の神経発達に関する知見に一貫性がなく、異なる鉄の形態(ヘム鉄/非ヘム鉄)の影響を検討した研究はほとんどありません。そのため、鉄の形態や妊娠期別の摂取量との関連については検討が必要です。

そこで、中国の南京医科大学のQinらは、江蘇出生コホート研究のデータを用いて、妊娠中の鉄やサプリメントからの鉄摂取量と1歳時(生後12か月時点)の子供の神経発達との関連を前向きに検討しました。
江蘇出生コホート研究は、ART治療及び自然妊娠で妊娠した妊婦を妊娠期間を通じて追跡し、その子どもの追跡調査をする前向き縦断研究です。 

ヘム鉄や非ヘム鉄を含む食事摂取量は、妊娠初期・中期・後期において食物摂取頻度質問票により調査しました。総鉄摂取量は、食事とサプリメント(鉄サプリメントやマルチビタミン・ミネラルサプリメント)からの鉄摂取量の合計としました。

子供の神経発達は、ベイリー乳幼児発達検査第3版スクリーニングテストを用いて生後12ヶ月時点で評価しました。この評価は、認知、受容的コミュニケーション、表出的コミュニケーション、微細運動、粗大運動の領域を対象としています。各領域は標準化された基準に基づいて採点され、年齢別のカットオフ値に基づいて「非最適」または「最適」に分類されました。また、母体の鉄摂取量と子供の神経発達との関連性を解析しました。関連性を交絡させる可能性のある母体と乳児の特性は分析で調整を行いました。

主な結果は以下の通りです。(最終の解析対象は妊婦3,750名とその子供)

 1)総鉄摂取量(食事+サプリメント)
 • 妊娠全期間を通した総鉄摂取量と、生後12か月時点での神経発達との間に有意な関連は認められませんでした。 

2)鉄の種類別解析
 • ヘム鉄摂取量:妊娠全期間平均で、ヘム鉄摂取量が多いほど「認知発達が非最適となるリスク」が有意に低下しました。
 • 非ヘム鉄摂取量:有意な関連は認められませんでした。
 • 鉄サプリメント摂取量:有意な関連は認められませんでした。

 3)妊娠時期別解析
• 妊娠後期のヘム鉄摂取が特に重要で、後期のヘム鉄摂取量が多いほど、児の認知発達が非最適となるリスクが低下しました。
 • 妊娠後期のヘム鉄摂取量が多かった母親から生まれた子供は、少なかった母親から生まれた子供と比べ認知発達非最適リスクが28%低下しました。

 4)他の発達領域
• 言語、運動発達(微細・粗大)については、いずれの鉄摂取形態とも明確な関連は認められませんでした。 

 妊娠中の総鉄摂取量や鉄サプリメント摂取量は、1歳児の神経発達と明確な関連を示されなかった一方、食事由来のヘム鉄摂取量、特に妊娠後期の摂取が、1歳時の認知発達の良好さと有意に関連しました。

このことから妊娠期の鉄の過不足の評価においては、量だけでなく「鉄の形態(ヘム鉄)」と「摂取時期」を考慮する重要性が示唆されました。


<コメント>
本研究では、ヘム鉄は非ヘム鉄より生体利用率が高く(15–35% vs 1–20%)、胎盤への移行効率や脳内の鉄供給に優れる可能性があることや、妊娠後期は海馬や大脳基底核の発達が急速に進む時期であり、この時期の鉄の供給が認知発達に特に重要と考えられると考察されています。そして、鉄サプリメントが神経発達と関連しなかったのは非ヘム鉄が主体であったからではないかと考えられています。 

 妊娠期の鉄の補給は鉄剤やサプリで充足しているかだけでなく、赤身肉や魚などのヘム鉄の供給源となる食品の摂取状況にも目を向ける必要があります。特に妊娠後期における食事内容の質が、子供の初期認知発達に影響する可能性があります。